静岡県の中堅企業東洋電産が開発したエンジン駆動発電機搭載のトラックを活用した新たなビジネスモデルが登場してきた。トラック、バスなどの商用車向けタイヤ交換出張サービスである。通常、タイヤは設備の整っているタイヤ販売店にトラックを持ち込んで交換される。タイヤ交換出張サービスはその常識を逆転させたビジネスである。タイヤ交換設備を積んだトラックが顧客から指定された時間に、指定された場所に出向いてタイヤを交換する。このような斬新なビジネスモデルを展開しているのが、京都市のタイヤ販売会社三輪タイヤである。
「タイヤ交換のためにトラックに店舗まで来ていただくのは難しくなっている。コンビニの配送車を想像してもらうと解りやすい。運送業者は指定された時間に、指定されたコンビニに食品を配送している。しかも、1台のトラックを最大3人で利用し、24時間、365日稼働させている。このような状況では、とても店舗に来てタイヤ交換するだけの時間的余裕はない」と、三輪タイヤ代表取締役の三輪智信氏は説明する。
車体架装会社を通して東洋電産と知り会う
三輪氏がタイヤ交換出張サービスを発想したのは1992年のことである。その当時、チューブタイヤからチューブレスタイヤに変わる時期でもあった。チューブレスタイヤになって、いわゆるホイールとタイヤが接するビート部分が厚くなり、人手でのタイヤ交換が難しくなっていた。タイヤ交換専用のタイヤチェンジャーを使用しなければならなくなった。タイヤ交換の出張サービス車にはチェンジャーのほかに、車体を持ち上げるブースタージョッキ、圧縮空気を作るコンプレッサ、タイヤのバランスを取るバランサを搭載しなければならない。もちろん、交換用のタイヤも積み込む。トラックの荷台にエンジン発電機を搭載していてはタイヤを積載するスペースがなくなる。三輪氏がタイヤも含めこうした装置をすべて搭載できるタイヤサービスカーの開発を検討し始めたのはその頃だった。
写真●三輪タイヤ代表取締役の三輪智信氏(右)と東洋電産取締役の土屋直義氏
日本初のタイヤ交換車が発売されたという情報を耳にして、福井県まで視察にいったこともある。しかし、そのタイヤ交換車はトランスミッションのサイドPTO(Power Take Off:車両駆動用のエンジン動力を作業機の駆動のために取り出す機構)を使ってコンプレッサを駆動していた。このため騒音が大きく、タイヤサービスカーには使えないと三輪氏は感じた。そこで東京のある車体架装会社に、200Vの三相電源でチャンジャーやバランサを駆動できるタイヤサービスカーを作ってほしいと相談した。その会社から紹介されたのが東洋電産の土屋直義氏(現同社取締役)だった。
東洋電産は、30年前からエンジン駆動発電機搭載車を開発していた(関連記事)。静岡県の企業である東洋電産は、東海地震発生時の停電を想定し、家2軒分の電力を供給できるエンジン駆動発電機搭載車を開発していた。
三輪氏は、チャンジャーやバランサ、コンプレッサすべてを電気で駆動し、オール電化のタイヤサービスカーを望んでいた。しかし当時は発電機の出力が不足し、コンプレッサを含めたオール電化は困難だった。その後東洋電産は、磁力が強いネオジウム磁石を使い、磁極の数を増やす、ロータの回転数を上げる等の工夫を重ねて高出力の発電機を開発した。それによって現在では、10馬力のコンプレッサを駆動できるようになり、三輪氏が望んだオール電化のタイヤサービスカーが実現されている(図1、図2)。
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図1●エンジン駆動発電機搭載のタイヤサービスカー
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図2●ワンボックスタイプのタイヤサービスカーも開発
一冊の本との出会いでビジネス拡大へ
三輪氏は2003年に2代目社長となり、第二創業という形でタイヤサービスカーを販売し、タイヤ交換出張サービスのビジネスモデルを広める会社モビリティープラスを2005年に設立した。三輪氏が同社を設立するキッカケは、ある危機感がベースとなっている。2005年ころタイヤメーカーは全国にタイヤ販売の直営店を展開し始めた。「郊外に巨大ショッピングセンターができると、地元の商店は廃業に追い込まれる。それと同じことがタイヤ販売でも起こるのではないか。資本力もブランド力もない中小のタイヤ販売店がメーカーの直営店に太刀打ちすることは難しい。しかし会社には社員がいる。自分は家業を継いだ2代目でもある」、三輪氏は思い悩んだ当時を振り返る。
そうした悩みを吹っ切れたのは一冊の本との出会いがあったからだ。ランチェスターの経営戦略本である。そこには次のようなことが書かれていた。「中小企業がまともに大手企業と勝負しても勝ち目はない。なんでもいいから得意なものを作れ」と。三輪氏は「それならタイヤサービスカーを使った局地戦を展開しよう。すべて出張サービスに変えてしまえ」と決断した。
その決断が功を奏し、2008年には滋賀県の栗東にも営業所を構え、三輪タイヤは大阪、京都、滋賀で約2000社の顧客を抱えるまでに成長した。「現在、タイヤサービスカーを10台所有している。毎日フル稼働状態だ。店長が配車を考え、途中で入ったオーダーにはタイヤメーカーのショップでタイヤを積み込み、現場に向かう」(三輪氏)。
三輪氏はビジネスモデルを広めてタイヤサービスカーを販売するため、全国のタイヤ販売店を回っている。そうした営業活動の中でよく質問されるのが「そんな高い車を使って採算がとれるのか」ということだ。「もちろん店舗に来てもらった方が経費は低く抑えられる。設備も整っており、安全でもある。パンク修理だけではとても償却はできない。しかしタイヤ交換出張サービスが回り出せば2年で採算がとれる」と三輪氏は説明する。
ECが普及し、しかも運転手不足で運送業界はますます多忙を極める。そのような顧客の立場に立てば、タイヤ交換出張サービスはまさに顧客の潜在ニーズを満たすビジネスモデルと言えよう。三輪氏が始めたビジネスは、タイヤ交換サービスの現状を一変させる可能性を秘めている。