2社のバス会社の導入により運輸・旅客業者全体に広がり、そして飲酒検査の義務化へ
最初にアルコール測定システムのテスト導入を検討したのは地元静岡のしずてつジャストライン(株)と東京の国際興業(株)の2社だった。しかし、それで簡単に導入が進んだわけではない。アルコール測定システムを完成させるまでにはもう一つの山を乗り越えなければならなかった。
アルコール測定システムを稼働させてみると、問題が発生した。その対策を打ったものの状況はさらに悪化してしまう。一度に50人程度の検査を想定していたが、実際には毎日4倍の200人を計測しなければならなかった。加えて、冬季になると検査のための呼気が測定器内で結露し、計測が不能になってしまった。ヒーターを入れて結露を防ぐ対策を取ったが、熱源となる抵抗の被覆材が焼けてガスが発生し、アルコール測定システムが正常に動作しなくなってしまった。杉本氏はそのときには会社を整理することを覚悟したと言う。ところが2社の反応は意外なものだった。アルコール測定システムを一刻も早く使えるようにしてほしいというものだったのだ。そこから3か月、なんとかシステムを完成させることができ、開発投資回収にこぎ着けることが出来た。
アルコール測定システムが稼働したことによって2社のバス会社は飲酒運転を撲滅させることができた。その効果はバス協会経由で全国のバス会社に知れ渡り、アルコール測定システムは一気に普及した。バス会社に続き、タクシー会社と運送会社が同社のシステムを導入していった。全体に7万5000社ある運送会社・バス・タクシー会社の約25%で同社のアルコール測定システムが使用されているという。
しかし、その後も飲酒運転による事故は後を立たない。2006年8月25日には福岡で飲酒運転の車が乗用車に追突し、追突された乗用車は博多湾に転落、3人の子供の命が奪われる悲惨な事故が起きている。その一方で対策も進んだ。東名東京インターチェンジの飲酒事故の被害者が政府を動かし、道路交通法を改正させた。それまでは飲酒運転による死亡事故は業務上過失致死罪だったが、危険運転致死傷罪となり、刑はより重くなった。こうした状況を受け、2011年5月1日国土交通省は、運送事業者が実施する運転者の点呼において、運転者の酒気帯びの有無を確認する際にアルコール検知器を使用することを義務化した。
義務化前年にはアルコール測定システムの需要はピークに達した。それまで年間16億円の売り上げが、一時的に26億円に拡大した。同社のアルコール測定システムには保守契約が付いており、増加した10億円分の保守契約が着実に業績に寄与し、東海電子の年間売り上げは現在20億円に達している。
「会社の安全」、「ドライバの家族の安心」実現に向けアルコール測定システムの普及を推進
当初、東海電子のアルコール測定システムには安価な半導体ガスセンサーが使われていた。ところが半導体ガスセンサーはコーヒーやタバコの煙に反応してしまう。コーヒーやタバコに反応した場合、口を漱いで15分後に再検査する15分ルールを設けていた。しかしそれでは測定システムとして不十分だ。測定システムの判定結果は場合によってドライバの解雇につながる。本来の使われ方ではないが、解雇に伴う訴訟の証拠として使われてしまうこともある。アルコール測定システムの精度向上の重要性を認識した杉本氏は、ただちに半導体ガスセンサーからアルコールにしか反応しない高精度な燃料電池方式のアルコール測定システムに変更した。
杉本氏が次に力を入れているのがアルコールインターロックである。車にアルコール測定器を装着し、運転前に検査するというもの。アルコールが検知されるとエンジンをかけることができなくなる。究極の飲酒運転防止装置である。価格が高く、日本ではなかなか普及していないのが現状だ。米国、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパでは、飲酒運転をしたドライバーはインターロック付きの車しか運転できない法制度を設けている。
杉本氏は経営理念に「社会の安心・安全・健康を創造する」ことを掲げている。アルコール測定システムを導入することで飲酒運転を防ぎ、今後とも「会社の安全」、「ドライバの家族の安心」を実現させていきたいと同氏は語る。2015年6月には、アルコール測定器の普及および技術・品質向上を目指し、国内17社とともに業界団体「アルコール検知器協議会」を発足させた。東海電子は同協議会の事務局を務める。今後とも杉本氏は、アルコール測定システムの普及を通して飲酒運転事故の撲滅に取り組んでいく考えだ。