静岡県沼津市に本拠を構える株式会社影山鉄工所は、1947年創業と74年の歴史を持つ企業だ。鉄骨製造業を主軸に訪問看護、ICT(情報通信技術)、HR(戦略人事)・ブランディングなどの事業を多角的に展開している。近年はM&Aも開始し、グループを成長軌道に乗せている。
株式会社 影山鉄工所
代表取締役 影山彰久氏
3代目の現代表・影山彰久氏の祖父が板金・溶接業者として会社を設立。先代である影山氏の父の代から建築分野の鉄骨製造業に参入した。以来、集合住宅・ビル等の重量鉄骨施工や、鉄骨機械製作・加工などを主に手掛けている。
「鉄骨を造る基となる設計図作成から始まり、購入した鋼材を切断・溶接して様々な加工を施し、現場に輸送して組み立てるまでを担う。これらの工程の中で、強みといえるのは創業以来磨いてきた溶接の技術。多様な資格を社員が取得し、日々研鑽することで、様々な厚さ・材質の鋼材を扱えるのが当社の特徴です」(影山氏)
こうした鉄骨製造を軸とする同社が、一見関連性の見えない訪問看護やICTといった他の事業になぜ取り組むようになったのか。一番のきっかけはリーマンショックであったと影山氏は語る。
「2006年の入社以来、職人として工場で仕事をしてきた。当時は小規模ながら業績は右肩上がりで伸びていたが、リーマンショックでは大きな影響を受けた。そのとき、今後も建築のみで事業を続けるのはリスクが高いと感じ、リスクヘッジのためにも2本目、3本目の柱を探そうと考え始めた」
それからしばらく時間が流れ、創業70周年の節目を2年後に控えた2015年、影山夫人の家系に看護師が多かったことに着想を得て、“2本目”の柱とすべく福祉事業に着手。地元・沼津に「えんじぇるず訪問看護リハビリテーション」を開設した。「地元に還元したいとの想いがあった。訪問看護はまさに地元密着なので、その想いとぴったり合った」と影山氏。
えんじぇるず訪問看護リハビリテーション
これ以降、同社は事業の多角化を加速させ、続いてスタートしたのがICT事業だ。実は同社はもともと、ICTとは縁遠いところにいたという。
「鉄骨の生産工程や納品の管理は紙と鉛筆。仕掛中の工程管理はいわゆる職人の勘に頼っていた。ただ、以前の仕事は静岡県東部が中心であり、現地で組み立てる部品の出荷にミスがあっても比較的簡単に手当てできたが、業容が拡大し、商圏も広域化するにつれて、ヒューマンエラーのロスが大きくなってきた」(影山氏)
部品は2万〜3万点、多い場合は10万点もの出荷を伴う。一つのミスがシビアに利益に影響するため、きちんと管理できる仕組みを導入しなければという危機感を抱いた。2018年頃から生産管理システムの模索を開始。当初は他社製ソフトウェアで対応しようと考えたものの、市販製品の多くは大規模製造業向けで、同社の鉄骨製造にマッチするものが見つからなかった。
たまたま前職で生産管理システムのSEをしていた社員がいたため、自社でのシステム開発をスタート。2019年にはICT企画推進部を新設し、本格的に取り組みを始める。その流れで、自社向けにとどまらず、他社への提供も手掛けるようになった。
「自社の事業を改善するため職人向けにフォーカスして開発したシステムなので、同業の鉄工所でも活用してもらえると考えた」と影山氏。現在、生産管理システムを同業他社が利用するほか、同じく自社向けで最低限の機能と使いやすさに絞って開発した日報アプリやペーパーレス化、WebやECサイト制作サービスなどを社外に提供している。
鉄骨の生産工程を管理・可視化するクラウドサービスと社員の作業を視覚化する日報アプリ
実はこのICT事業、さらにこのあと紹介するHR・ブランディング事業には、通底する想いがある。
「当社には業界全体の地位を向上させたいという経営理念がある。従来の鉄工所のイメージを変え、業界を底上げするために、役に立てる部分で貢献したいと考えた」(影山氏)
影山氏が入社した頃の同社はまだまだ旧来の町工場そのもので、技術は「見て覚えろ」の世界だったという。「教育体制もなければ評価制度もなく、これでは未来がないと考えた。そもそも、当時はまさに“3K”のイメージ通りで、新入社員は年に1人いるかいないか。しかも多くは辞めてしまった。そこで、まだ見ぬ後輩のために仕事のマニュアル作りやフロー整備を進め、働きやすく、人が自然と集まる会社を目指していった」と影山氏は振り返る。
その一つの流れがICT事業につながり、さらにHR・ブランディング事業でも結実しようとしている。
2020年8月に竣工した影山鉄工所のオフィス
同社では2018年頃から、会社の魅力発信と鉄工所のイメージ刷新に向けて情報収集を行っていた。あるとき目に留まったのが、福井県坂井市の株式会社長田工業所が自社溶接工場を開放して運営している溶接テーマパーク「アイアンプラネット」だった。
「アイアンプラネット」は、溶接体験などを取り入れることで鉄工所の仕事を広く知っていただきたいという取り組みである。長田工業所では賛同する企業を募集しており、影山鉄工所も名乗りをあげた。2020年9月にフランチャイズ第1号となる「アイアンプラネット ベースオブ 沼津」をオープンし、溶接体験教室や工場見学を提供している。
コロナ禍でオープン時期が予定より遅れたが、市内や近隣だけでなく離れた地域からも来場者が増えているという。同社では沼津市と連携し、今後は観光促進のサポートにも力を入れていく考えで、アンテナショップ開設などを計画している。
溶接体験教室を開設している「アイアンプラネット ベースオブ 沼津」
「アイアンプラネット」の取り組み自体はもともとHR向け施策ではないが、会社の魅力アピールという部分でブランディングを狙ったものであることは間違いない。同社はそれ以前から自社WebサイトやSNS、さらにはメディアを活用した情報発信に注力し、ブランディングに成功してきた。新入社員は3、4年前で年4、5人であったところ、現在は月に約200人もの応募があるという。単に数が増えただけでなく、欲しい人材が集まるようになってきたのも大きな成果だと振り返る。
こうした実践から得られた情報発信のノウハウを他社にも提供するため、2021年1月、HR・ブランディング部を新設し、事業としての展開に乗り出している。
「働く人たちが常にワクワク、ドキドキし、おもしろいと感じられる環境でなければ、会社なんてつまらない。ブランディングを通して人財を集め、育て、その人たちのモチベーションを上げることで、会社の魅力をさらに上げることができ、成長と起業機会の創出にもつながる。自社の経験から得たそのノウハウを提供していきたい」(影山氏)
そしてこれらの多彩な取り組みが、SDGs(持続可能な開発目標)への貢献という方向性にもつながり始めた。
「SDGsの17の目標をひも解いていくと、当社がこれまで取り組んできたことの多くが合致していることに気づいた。例えば、テレワーク推進による多様な働き方、ICT技術を用いた生産性向上、男女間のハードル撤廃、健康で快適に働ける環境整備、そして組織を活性化させる教育など。それに加えて、近年は他の地方を訪れる機会が多くなったことで自らの地元愛に気づき、より地元に根ざした地域貢献も模索するようになった」(影山氏)
同社では先頃、SDGsと施策のひも付けを実施。今後はSDGsを経営目標に据え、これまで以上に推進していく考えだという。
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健康で快適に働ける環境を整備
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組織を活性化させる教育と起業機会の提供
影山鉄工所グループが取り組むSDGsの一部
「時代が急激に変化していく中で、マーケットチェンジをしながらリスクヘッジを行っていくことがまず重要。その中で、チャレンジできる新たなステージも生まれてくる。SDGsをツールとしても活用しながら、当社ならではの価値提供をさらに進めていく」と、影山氏は今後の展望を語った。