情報技術(IT)産業では米国系の大手企業、特に近年では「GAFA*1」に代表される「プラットフォーマー」の市場支配が長らく続いている。それでも法人向け(B2B)の市場セグメントでは、まだ事業機会が残されている。その一例が、危機管理ソリューションだ。中でも、災害時の安否確認システムを中心として、特色のある技術や製品を武器に大手企業のシェアを切り崩しつつあるのが、アドテクニカ(静岡県静岡市)である。
1977年創業の同社は当初、広告デザインやCI*2導入コンサルティング、マーケティング支援などの業務を中心に事業を展開していた。1990年代のインターネット普及拡大期に入ってからは、同社も事業の軸足をIT関連の製品開発やソリューションサービスへと徐々にシフトし、現在に至っている。
アドテクニカの下村聡代表取締役社長
同社は現在、安否確認システム「安否コール」、ホームページ制作ソフト「フリーコード」、電子商取引(インターネット通信販売)ソフト「アクセスショップ」、営業自動化・顧客管理ツール「e-マップロケーション」という4つの主力製品で事業を展開している。同社で代表取締役社長を務める下村聡氏は、「B2C(消費者向け)の市場はアマゾンなどによって寡占の状況にあるが、B2Bはまだ手つかずだ。B2Bで人手に頼っている所を自動化するのはこれからで、プラットフォームを構築できればまだ勝機はある」と自信を示す。
1:Google、Amazon、Facebook、Appleの頭文字
2:corporate identity(コーポレート・アイデンティティ)
安否確認システム「安否コール」、採用実績は800社以上
主力4製品のうち、同社が特に注力している「安否コール」の採用実績は800社以上と際立っている(図2)。同製品の採用企業には、多国籍企業や外資系の著名ブランド、大手メーカーなども含まれており、地元・静岡県内では業界最大手を抑えて8年連続のトップシェアを誇る。競合他社の安否確認システムと比較した場合、安否コールの最大の特徴はメールアドレスやパスワードの入力が一切不要なことだ(表)。同社はこの関連技術で特許を取得している(特許番号:特許第6356897号)。
図●安否確認システム「安否コール」の画面
ベンダー/製品 | A社 | B社 | C社 | D社 | 安否コール |
---|---|---|---|---|---|
自動配信 | × | ○ | ○ | ○ | ○ |
導入社数 | 6000 | 非公開 | 1000 | 800 | 800 |
価格帯 | 高 | 中 | 高 | 高 | 低 |
機能 | 少ない | 少ない | 少ない | 普通 | 多い |
操作性 | × | × | △ | △ | ○ |
パスワード | 必要 | 必要 | 必要 | 必要 | 不要 |
掲示板 | オプション | オプション | 無制限 | あり | 無制限 |
アプリプッシュ通知 | ○ | × | ○ | ○ | ○ |
アプリ掲示板 | × | × | × | ○ | 無制限 |
アプリ回答 | 通知のみ | × | 通知のみ | 通知のみ | ○ |
家族安否 | オプション | オプション | オプション | あり | あり |
大規模災害時の稼働性 | 一部不通 | 一部不通 | 一部不通 | ○ | ○ |
「いざ災害が起こった場合、メールアドレスやパスワードの入力が必要なシステムだとなかなか使用することが出来ず厄介だ。システム管理者の管理工数も必要となる。また、安否コールでは画面の見易さや使い勝手といったUX*3デザインも十分に考慮している」(同社営業本部 パートナーソリューション営業部の木下浩輝氏)。
震災が発生した際には気象庁から災害のデータが送信され、安否コールのユーザーに自動的に通知を送る「自動配信」という仕組みを構築している。その後、各ユーザーは安否コールで安否情報を回答する。各ユーザーの所在地は、GPSにより自動的に確認される。静岡県では「南海トラフ地震」が発生する可能性など災害リスクが想定されているが、安否コールのサーバは沖縄をはじめ複数拠点で運用しているため、3.11でも問題なく稼働し万全の体制という。「今後、東南アジアを基軸として、日本国内の東西のリージョンでカバーしていく方向」(下村社長)としている。
「社員一人当たりの導入コストは競合大手の安否確認システムの半分以下だ。他社のシステムだと有料オプションとなる家族の安否確認も7名まで無料登録が可能など、機能やコスト面で有利なため、競合する大手企業の安否確認システムからの乗り換えも多い」(同)。
3:User eXperience 顧客体験。顧客が製品やサービスを通じて得られる体験
ベトナムでのオフショア開発、仮想通貨やブロックチェーンも視野に
安否確認システム事業を中心に好調な業績の同社だが、開発リソースの採用が困難といった課題も抱えているという。背景には、国内の労働人口減少や少子高齢化といった構造的な社会問題がある。そこで同社は、優秀なソフトウェア開発技術者を低コストで比較的容易に採用することが可能なオフショア開発を進めることを決断した。2019年1月にはベトナムで会社を設立するなど、具体的に準備を進めている。「圧倒的な開発力による快適なサービスの提供にはエンジニアの採用が事業継続・拡大のカギ」(下村社長)という。
また今後のビジョンとして同社は、仮想通貨やブロックチェーンに関連したフィンテック事業への取り組みも視野に入れている。「Ethereum(イーサリアム)や、ADA(エイダ)コインなどの暗号通貨の専門家が静岡にいるので、その人と一緒に進めようとしている。2020年の東京五輪以降に何らかの取り組みを実施することを検討中だ。仮想通貨とブロックチェーンを活用すれば、例えば災害時の義援金を24時間365日すぐに送ることが可能で、どこが支援されたかの追跡もできる。被災者への『投げ銭』のような感じで使えるだろう」と下村社長は説明する。