半導体向けの温調機器チラーを開発するエイディーディー(ADD:静岡県沼津市)は、-120℃といった超低温のチラーを開発(図1)、鮮魚等の食品輸送分野の市場開拓に注力している。「-120℃で製造した氷と通常の製氷機で製造した氷を、それぞれ発砲スチロール製ケースに詰め、アジやサバ等の鮮魚を航空便で米子から沖縄に輸送した。輸送の途中で通常の氷はすべて溶け、魚に傷みが発生していたが、-120℃の氷はまだ残っており、魚も生で食べられた」と、同社代表取締役社長の下田一喜氏(写真)は-120℃の氷の威力を強調する。また同社は、築地から香港に鮮魚を輸送する実験も計画している。従来の氷だと10kgの魚を送るのに3kgの氷が必要となるが、-120℃の氷を使えば1kg程度で済みそうだと下田氏は説明する。
図●エイディーディーが販売する超低温チラー
大きさは500×800×800mm
エイディーディーが販売するチラーとは、熱媒体(水等)の温度を管理しながら装置の中を循環させ、さまざまな機器の温度を一定に保つための装置である。主に冷却に用いられることが多いが、温めることもできる。エイディーディーのチラーの特徴は-120℃と超低温を実現できること。同チラーは5種類のフロンガスを混合し、個々のフロンガスの液化、蒸発を繰り返し、最終段階で-100℃以下の蒸発を可能とするカスケード冷却法を採用している。しかもエイディーディーの製品は単相、100Vであり、どこにでもある電源コンセントで利用できる。同社以外に超低温チラーを出荷している企業は世界に2~3社しかなく、同社の製品価格は競合と比べて2割程度安い。
半導体向けチラーの修理からスタートし、超低温チラーの開発へ
エイディーディーは2001年に下田氏が設立した会社である。現在の売上は5億2000万円。その8割がチラー修理の収入であり、残り2割がチラーの販売収入である。修理売上のほとんどは半導体工場からのものだ。半導体の主力市場がコンピュータ向けだった1990年代とは異なり、フラッシュメモリーを除く現在の日本の半導体の主要顧客は自動車メーカーである。車載半導体には線幅十数nmといった最先端のプロセス技術は使用されず、技術や品質が確立している前世代のプロセス技術が使用されている。このため製造装置に古いものが残っており、チラーもその一つである。このためチラーの修理依頼がエイディーディーに寄せられる。
写真●エイディーディー代表取締役社長の下田一喜氏
半導体向けチラーの冷却温度は-30℃や-50℃程度である。-120℃の超低温にする必要はない。そうした中で下田氏が-120℃の超低温チラーを開発しようとしたキッカケは、海外から輸入された超低温チラーの修理を依頼されたことだった。商社経由で導入された超低温チラーを製造元のメーカーで修理すると、チラーの移送手続きも含めて半年程度かかるということだった。そこでエイディーディーにそのチラーの修理依頼が舞い込んだ。同社は3カ月でその超低温チラーを修理した。
修理に先立ち超低温チラーを調べてみると、自社ならもっとコンパクトに、安く作れるのではないかと下田氏は考えた。しかも国内には競争相手はいない。そこで同氏は超低温チラーの開発を決断、2012年に製品化した。
現在、開発した超低温チラーの販売先は主にタイヤ業界である。エイディーディーは国内の大手タイヤメーカーすべてに製品を納入している。車は-50℃以下という極寒の地でも走行する。このため車を支えるタイヤのゴムには-90℃といった超低温の試験環境が必要となる。価格が安く、国内企業であるエイディーディーはタイヤ各社への販売に成功した。
下田氏がタイヤ業界の次に期待をかける市場が冒頭で説明した食品輸送業界である。ある大手輸送業者がエイディーディーの超低温チラーに興味を示しており、もし各営業所に1台の超低温チラーが設置されることになれば販売台数は一気に拡大する。これも家庭用の単相、100V電源で動作する超低温チラーだからこそ実現できる用途である。工業用の3相、200Vの電源が必要だったら、そう単純な話にはならなかっただろう。このほかエイディーディーには医療機関からの依頼も来ている。スライスした組織を瞬間凍結させるという用途である。-120℃の氷の上にスライスした組織の切片を乗せれば、細胞を破壊させずに一瞬で凍らせることが可能だ。現在、同装置の開発が進められている。
エイディーディーは技術開発型の企業である。下田氏は-160℃~-200℃を実現させる製品の開発も進めている。「新幹線の生みの親である旧国鉄の技術者島秀雄氏が語っているが、既存の技術を組み合わせても、発想の転換次第で全く新しいものを作り出すことが可能だ」(同氏)。この思想の下、下田氏は今後とも新技術や新製品の開発に意欲を示す。